芋水割り

立派な人間

イケメンになっておけばよかった

 

 

 

恋愛を辞めてから結構たつ。一番の理由は疲れるから。僕は 目の前の人間が不機嫌になるととても傷つく という不治の病を患っているので、同じ空間に他人がいる間は常に顔色を窺い続けてメンタルヒットポイントをすり減らす。自室以外は全て毒沼。僕の視界は紫の地獄だ。

好きな人が目の前にいたら尚更である。好きな人=命に代えても嫌われたくない人 なので、本当に死ぬ寸前まで気を遣ってしまう。自分の言動が相手の気に障らないように指先まで緊張を張り巡らせ、会話を10手先まで先回りさせ続ける。詰め将棋ならぬ詰めコミュニケーション。略して詰めコミュ。詰めコミュの厄介なところはなんといってもコレ。詰まない。終わらない先読み。自室に戻っても感想戦が続く。あの会話の広げ方は間違いだった。あそこはもっとコミカルに相槌を打てた。あの発言は自意識過剰だったかもしれない。終わらない。

 

二番目の理由は、単純に、趣味が多い。好きな事やりたい事。多い。

女の子とデートに行くこと と オードリー若林さんのエッセイを読むことの楽しさは、たぶん同じくらいだ。女の子とデートに行くこと と オタク先輩Sくんと地下アイドルを観に行ってその後安酒キメることの楽しさも、たぶん同じくらい。恋愛に割くエネルギーは割り算の分母が増えるほどに減る。

僕は 僕が恋愛するのに必要とする莫大なエネルギーをもう用意できないのだ。


ここの説明が面倒なので僕はよく ボク性欲無いんだよねーw とかいってお茶を濁しているが、そんなこたぁ無い。梅田を歩くと5分に一度は かわいい。付き合いたい。とすれ違いざまにつぶやく。
昨日はラインで どこで飲む と訊いて トリキ行きたい。と返って来たときに いいオンナだな。付き合いたい。と思った。正直、飲み会に金なんかかけたくない。バエたところで腹は膨れないし酒は進まない。ただやはり、女子が加わる飲み会はさすがに気を遣う。女子にフライドポテトを食わせる男に人権はない。はぁ??フライドポテトめちゃめちゃうめぇだろブチ殺すぞ!もうぶっちゃけトリキでいいのだ。安いし。おいしいし。
この女は 男に トリキでイイ?w って言わせないどころか、トリキに行きたい と自ら言うことで女子にバエないフライドポテトを食わせる後ろめたさも抱かせない。本人が行きたいと言っているからだ。 トリキでいいよ。ですら言ってもらえるとかなり助かるのに、トリキ行きたい はそれを上回る。行きたいっていうからしょうがなく連れて行ってあげた という男のしょうもないプライドを立てる効果すらある。そして当日トリキの前で 私トリキの山芋のやつめっちゃ好きなんだよね〜! みたいに無邪気なバカのフリをするのだろう。いいオンナだな。かもねぎちゃんの話です。まだ言ってなかったけど、声かけてるやつ17時半にビッグマンに集合な。


でも実際に付き合うための行動は起こさない。それに付随するであろう面倒ごとが一気に脳内を駆け巡るから。恋愛のネガティブサイドを付き合ってもねぇくせに先取りしてしまう。全身にブレーキがかかる。推しアイドルのツイッターとインスタにいいねをつけて金麦を飲んで寝る。
そんな感じで性欲が無いわけではないのだが、すぐ萎えてしまうのだ。そこを乗り越えたいと思うほどの情熱が湧くこともない。おひとりさまもそれなりにかなり楽しい。

 

 

 

 

 


ただ今日だけは、違った。

 

 


今日も今日とてエスニック雑貨を売っていた。ただ連休明けは客が少ねぇ。眠い。指輪コーナーのポップをダラダラ張り替える。そこに彼女が現れた。


20くらい。幼めな面影が残る。グレーの布地に白い花柄の着物。鼻緒の赤い下駄を履いている。トトロのさつきちゃんが椿油つけて櫛でとかした みたいな髪型。ボブ とか マッシュ とかそんな名前付いてない。自然な。


エスニック雑貨店にあまりに不釣り合いな装いに思わず目を奪われた。綺麗だった。年頃の子が憧れるのとは対局の、奥ゆかしい和装が似合っていた。着物の非日常を誇張する肥大した自意識も感じられなかった。着物が生活の一部にあるのだろう。
一気に鼓動が早くなる。血液が波打つ。顔の造形が整っている とか イイ匂いがする とか 愛嬌がある とか五感で認知できる要素を超えた ナニカ に釘付けにされた。とにもかくにも何はともあれとにかく僕は


好きだ!!!!めちゃめちゃ好きだ!!!!


と思った。


どうしよう!?どうしたらいい??!! あぁ今日ワックスつけるのサボったから髪ボサボサだ。髪ボサボサのダボダボエスニック丸眼鏡猫背優男ショップ店員だ。こんなやつに話しかけられても気持ち悪いよなぁ。しまったなぁ。どうしようなぁ。着物ステキですね。これからどこか行かれるんですか。 かなぁ。でも日常的に着てるんだとしたら、またこの質問かよ。何もなくても着物着たっていいだろ。とか不愉快に思われたりしないだろうか。いやでも似合ってるのは確かだし、それを褒めるんだから何も不自然なことはないはずだよね。いやでもまずはあえて着物に触れずにいつも通りに接客して、そこから自然な流れで、いやでも…

 


アノー チョットイイデスカ

 

 


!!!!!!!!??????????

 

 

 

 


突如、背後から呼び止められた。

 

 


振り向く。

 

 

 

チャンダン香を持ったババアが僕を見つめていた。

 

 

 

は?

 

 

 

 


意味が分からない。何でこのチャンダン香を持ったババアは俺を見つめているんだろうか。こちとら忙しんだババア!!ちょっと黙ってろや!!!!いやスマン 俺店員か!! ハイ!何かお困りデス!!??


…。

 

 

 

 


お香初心者のご婦人の接客が終わる頃、店内に着物のあの子の姿はなかった。

 


いやでもたぶんもし仮にチャンダン香ババアがいなかったとしても、僕はあの着物ガールに一度も声をかけられないまま退店を見送ったのだろうと思う。思考をぐるぐるコトコト回して終わりだったろうな。
結局、オトコとしての自分に自信がないのだ。
好きだ と思うのと同時に 釣り合わない と思っている自分もいた。あんなにステキな女の子が自分如きの人間を受け入れる道理がない。人間関係を建設するメリットがない提供できない。自分にもっとオトコとしての魅力があればなぁ。自分がもう少しイケメンだったらアクションを起こせたかなぁ。イケメンだったらよかったなぁ。
黙れバカ。お前は少しでもイケメンになる努力をしたか。今日だって髪すらセットしていない。運動もせず身体はガリガリで貧弱だ。不摂生で顔色も悪い。肌も荒れている。この程度の自分磨きすらしなかったことのチリツモの産物なのだ。今の自分は。初めて経験する一目惚れ。人生の大舞台。身動きひとつとれない。来たるべきチャンスに備えず、みすみすそれを逃した。自業自得だ。笑っちゃうね。負け犬め。自分に罵られる気分はどうだよ。最悪だね。

 

 


せめて好意を伝えるだけでよかったのに。やり場がない。燻ぶる。